広滝発電所の歴史

広滝発電所(現在、広滝第一発電所)の建設工事は、明治40年7月14日の起工式からはじまり、最初は、三建設会社が水路ならびに本館工事に対し、地元会社の面目にかけても九州一の水力発電所を建設する意気込みであった。
機械力のない、ほとんど人力による特殊で、しかも専門的な技術を必要とする部分が多く、難解な工事箇所が多かったため、二建設会社は損失を被らないうちにと工事半ばで脱退し結局は松尾組(現在、松尾建設)の単独請け負いになった。
建設工事は、請け負い予算額の弐万円を大巾に超え、不足した経費は松尾組が全部負担し、指定期日までに完成した。

明治41年6月広滝発電所が完工したとき、鍋島直映候はその諱名(きめい)藤原姓をもって「源泉混々不舎晝夜」という直筆の扁額を贈り、松尾組の労苦をねぎらうとともに完成を祝った。この文字は発電所の一角に刻まれ、扁額は松尾建設本店の貴賓室に今も記念として飾られている。

※「源泉混々不舎晝夜(げんせんこんこん ちゅうやをおかず)」の扁額(へんがく)

源泉混々(げんせんこんこん)とは、孟子の言葉で「源泉混々として昼夜をおかず、科(アナ)に盈ちて後に進み四海に到る」から取ったもの。 昼夜休むことなく水が湧き出してくるという意味。

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